寝る前のお話のネタがつきたので、ふと、昔祖母の家で飼っていた猫の話をしました。保育園に通っていたころから、私は夏に毎年北国の祖母の家に長期間預けられていました。東京とは何もかも違う、畑の中で文字通り土と一緒に生きた生活が、私は大好きでしたし、子供でも畑や祖母の仕事を手伝えることに、誇りのようなものを感じていました。その祖母の家にいた、猫の話です。
私:「ぼんずにはさ、おばあちゃんがいるでしょ?おかあさんにもおばあちゃんがいたんだよ。おばあちゃんはね、とってもやさしくて、おかあさんはだいすきだったよ。」
ぼ:「へえ。ぼくのおばあちゃんも、とってもやさしいよ。」(これを聞いたらお義母さん喜ぶだろうなあ)
私:「寒い寒いところでね。そのおばあちゃんの家に、ねこがいたの。茶色と黒と白の、三つの模様のねこ。」
ぼ:「へええ!グランミのとこのすみれちゃんといっしょだねえ。(身を乗り出して聞いてくる)」(いやすみれはトラネコですが)
私:「そのねこはとってもおりこうさんでね、トイレも自分で穴掘ってして、自分で土をかけるんだよ。ごはんは味噌汁とおさかなとごはんを混ぜたのを食べたの。子猫を毎年4回産んだよ。」
そんなふうに話しているうちに、その猫の写真があったのを思い出して、クローゼットの奥を探したら出てきました。何枚もの写真が紐でくくってあって、写真の裏側に文章がついて絵本仕立てになっています。親戚のおじさんが昔、猫が大好きだった私と妹に作って送ってくれたものでした。それを読んで聞かせたら、ぼんずは大喜びでした。
こんなふうに、小さいころのことをぼんずに聞かせるのはなんだか不思議な感じです。長い間、あまりに些細なことすぎて周りに話す機会もなく心にしまってきたこと。子育ての間には、そういう記憶をいくつも思い出して口に出す機会があるのだけど、きっと自分にはとてもいいことなんだろうなと思います。
私が小学生のころに祖父が亡くなって、祖母はその数年後に東京に出てきたのですが、そのとき猫は誰もいない家に残りました。半分野良猫だったし田舎には食べ物もそこらじゅうにあったので、なにかしら食べて生きていたと思うのですが、寒い北国で冬を越すのはきっと辛かったろうと思います。
猫が夢に出てきたことがありました。言葉はしゃべらないけれど、さよならって、足を器用にまげてバイバイをするのです。朝起きて母にこのことを伝えると、母は田舎に電話してくれました。親戚によると、猫は何度も家の周りで見かけたけれど、そういえばここ最近ずっと見かけないということでした。私はあの時、絶対に猫はお別れを言ってくれたんだって信じてるんですが。ぼんずにそのことを話したら、わかったようなわからないような、ふうんというだけでした。
猫のはなしはそれから何度もせがまれます。人や思い出が時間を越えて生きるってこういうことなんだろうな。
お盆が近くなって、いろんなことを思い出します。
というかどうも最近湿っぽい。こういうときもありますね。下は懐かしい猫の写真です。

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