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ぼんず0-4週間

ぼんず誕生から、知らないことだらけ、驚くことだらけ。母になってみて初めてわかった新生児の生態(?)

とにかく唸る!生まれてその夜は、ずうううっときゅーきゅー唸ってました。なぜそんなに、いったいどんな夢をみてるんだぼんずよ。ちょっと成長したらきゅーきゅーは言わなくなったけど、「ふーんっ」とか「うううむっ」とかオヤジみたいな唸り声を日がな一日立てております。漫画とかでみる新生児って、天使の寝顔ですやすや静かに寝てるんじゃないの?こんなに音を立てるとは思わなかった、とおかーさんに言ったら、静かだったら病気だって。24時間一緒にいなかったらわからなかった。

とにかく表情が変わる!生まれて1,2週間は無表情だったのだけど、それでも寝てるときは顔をしかめてみたり泣きそうになってみたりめまぐるしく表情がかわる。それが私似だ、と友達に言われました。そう?あくびをする直前の鼻膨らました顔が間抜けで好き。

そもそも誰に似てるかいまだわからず。オットーさんでも私でもない。生まれてきたときは、小泉今日子のようなとんがったあごを持っていた。今は太ってだいぶ丸くなってしまったけど。ご先祖様の誰かに似てるのかな。起きてるときはおサル顔だけど、寝顔はさっぱりしたしょうゆ顔で印象が全然違う(と思う)。横顔はこれまた別の顔なんだなー。ううん面白い。

入院してたとき、看護婦がオムツを替えるたんびにウンチをしてたので、プーピーボーイという不名誉なあだ名をいただく。その名の通り、日に一回は、小さな体からよくそんなに出るなあというくらい大量にもよおす。でも始めは黄疸だったので、ウンチを出すのがとても大事だったから、すると心底ほっとしたものだった。今日もブバドンとものすごいのをお見舞いしてオムツからはみ出してしまい、私一人では対処できず遊びに来てくれた友達にウンチの片付けをしてもらうはめになった。オットーさんなんか、プーピーボーイの歌まで作っている。

毎日何十回となく授乳してると、ちょっと飽きるというかほかの事が気になってくる。ぼんずの足の爪が長くないか調べてみたり、少し遠くのテーブルのクッキーやテレビのリモコンに手を伸ばしてみたり。最近、それが気に入らないとぼんずはううううっと唸って抗議するようになった。乳首をひっぱってお返ししたりもする。いてーよ、誰がそんなの教えたのか。

そんな感じで、すくすく育ってます。

買ってよかったもの・あってよかったもの

ぼんずが生まれるにあたっていろんなものを揃えていた。このカテゴリの最後に、あってよかったもの、後から買い足したものを書いておきます。思いついたら書くので後からも追加します。人によって必要だと感じるものは違ってくるので、私は、と言う前提で。

買ってよかったもの・あってよかったもの

・バシネット(簡易ベッド)

いらないかもなーと思いながら友達から20ドルで譲ってもらったのだけど、これがフル活用。生まれてからずっと使っている。車輪がついてるので部屋のどこでも移動できて、いつも一緒。助かりました。

・加湿器

前に友達から5ドルで買ったVicksのもの。蒸気も何も出ないのでこんなん本当に効くのか?と思ったけど、ちゃんと空気が潤うし音も静かなので24時間つけてます。赤ちゃんに最適な湿度は50パーセントらしいです。

・中古の日本の新生児肌着

友達に20枚近くお古をもらった。最初ぼんずが小さすぎてオムツからおしっこがもれてしまい何度も着替えが必要だったので、ものすごく助かった。着せやすい。こっちのTシャツタイプはどうも苦手。

・日本のベビー用麺棒

細くて巻きがしっかりしてて、耳の周りや鼻の掃除に大助かり。これはアメリカにはない。

・爪やすり

新生児の爪は柔らかすぎて爪きりで切れない。で、小児科の先生に教えてもらったのが爪やすり。でも削ってると言うよりは研いでるって感じで、余計鋭くなってます。そのうち上手くなるかな。

・胸バッド

母乳がだだもれするので使い捨ての胸パッドが必須なのですが、こっちで買った胸パッドはむれるしパッドの縁が胸にあたってものすごく痛いしでイライラしてます。日本のを少し買ってきてもらえばよかったかな。ミツワに売ってるらしいですが。

・授乳用下着

まあ1枚あればあとは今までの下着を使えばいいかなと思っていたらば大間違い。やっぱりすぐに胸が出せるようなホックがついてる授乳用が便利、というか必携。でも産後胸のサイズが明らかに変わったから、買っていても返品か無駄になったかもしれない。妹に前に送ってもらった2枚の下着をフル活用。

・腹巻

授乳中はお腹が寒い。スヌーピーの腹巻を買ってもらいました。あったかーい。

・ぼんずの帽子

寒い季節には必要。生まれたての頃は寝るときもつけてました。

・おっぱい用クリーム

というか馬油なんですけども。Lansinohと言うブランドのを買いました。赤ちゃんが吸ってひび割れた乳首を保護してくれるし、赤ちゃんがなめても安全。これがなかったらもっと泣いてたかも。

・授乳用クッション

病院でももらったのですが、普通の丸いタイプのクッションは赤ちゃんをのせても安定しないので使いづらい。友達から勧められた、もっと硬いフォームでできたものを買いました。一日中つけてるといってもいいかも。

・搾乳機(電動)

病院からレンタルしました。買うと何百ドルもするので、一月75ドルで。これがなかったら私の母乳は出なかったと思います。高いけど借りてよかった。市販の手動タイプも使ってみたけどぜーんぜん違います。

・ガウンタイプのベビー服

ROSSで気まぐれに買った、前にボタンのついたこのタイプの服が一番気に入ってます。要するに下がスカートみたいに空いてる服。着せやすいしオムツも替えやすい。ぼんずも足が自由に動かせるので楽そう。よく売ってる胸元から足までスナップがついてる服は、スナップをぱちぱちひとつずつつけるのが鬱陶しい。夜中のオムツ買えでイライラすることこの上ないです。

後から買い足したもの

・Receiving Blanket

新生児用の服はすぐ赤ちゃんが大きくなるから必要ない、と本に書いてあったのであまり買ってなかったのだけど、要るよ!寒い季節にぶかぶかの服着てるなんて寒々しくて可哀想。でも新生児用の服もメーカーによってサイズが違うし、考えたら一口に新生児といっても3000グラム未満とそれ以上の体重で全然サイズが違ってきちゃう。服よりも、病院でやってもらったようにネル素材の布(Receiving Blanket)でぐるぐる巻くほうが赤ちゃんも好きだし着せやすい。あわてて買い足した。でもそのころにはぼんずが大きくなって使えなくなった(笑)。ちょっとした敷物やシーツ代わりにに使ってます。

・ハンパー(ぼんずの洗濯物を入れるカゴ)

大人のものとわけて洗濯してるので、必要でした。

産後ブルー

産んだ直後は幸せの絶頂ってくらいいい気分だったのに、その後痛い事や辛い事が続いた産後でした。そんなわけで今までの日記もあまり楽しくないかも。

とにかく自分の疲れと痛みで精一杯。おまけにぼんずの黄疸が心配で、もうまったく心の余裕なんてなかった。鎮痛剤をもらっても痛みが取れないので何度も医者に電話したし、後で書くけど母乳が出始めのときに胸がものすごく痛くなって、授乳コンサルタントに必死で電話もした。というか英語で考える余裕がなくなって、オットーさんに通訳してもらうことが増えた。

もうぼろっぼろだった。ちょっとしたことでぽろぽろ泣いて、呆れられた。自分でもおかしいと思いながらも、そういう自分をわかってくれない周囲にイライラした。人となんか会えなかった。ぼんずと二人、洞穴にこもりたかった。

これが産後ブルーってやつかあ。こんなにメソメソしてたらぼんずが可哀想だって思ったけど、どうにもならなかった。普通じゃない精神状態でした。

今も全快ってわけではないけど、ずいぶん回復した。ゆっくりゆっくり傷が癒えて、同時に心も元気になった。時間が薬って本当だ。

手伝いにはるばる来てくれたオットーさんのお母さんに感謝。一人でいたら本当に頭がおかしくなってたかもしれない。泣きべそかく姉をまるごと認めてくれた妹に感謝。そういうことあるよ~って言ってくれたのが嬉しかった。ぼんずがお乳を飲むのが下手で、って話したら、あったりまえでしょ新生児なんだから!と励ましてくれた友達に感謝。気持ちが100倍軽くなった。

お産って体にとってすごく大きな負担なんだって思ったのでした。

黄疸

入院中から、病院の小児科医に、ぼんずは強い黄疸があるので退院後すぐにかかりつけの医者にみてもらうように言われた。黄疸が強く現れるのが産後3日めくらいからなのでそれまで様子見とのこと。黄疸は約半数の赤ちゃんがかかるもので、私とオットーさんの血液型からは特に出やすいとの説明を受ける。黄疸がよく出るのは知っていたのであまり不安にはならなかった。このときは。

翌日かかりつけの小児科に行って血液検査。結果はその日に出るとのことだったのだけど、家に帰ったらぼんずの様子がおかしい。眠るばかりでほとんど反応がない。黄疸の症状だと思ったのですぐ医者に電話したら、無理でも頑張って起こすようにと言われる。検査の結果はやはり悪く、その日のうちに再入院となった。とるものもとりあえず病院に向かう。

ぼんずは治療室に入って、1日光線治療を受けることになった。ガラスの治療ケースに、オムツいっちょになったぼんずが目かくしされてライトを当てられたのを見たら、可哀想で胸が張り裂けそうだった。私も3時間ごとに授乳をするため入院。部屋に搾乳機が運ばれ、出ない乳を刺激するため3時間ごとに15分くらい搾乳するように言われる。

ぼんずの治療の様子が目に焼きついた。傷が痛くてベッドに座れず、病室で変な格好でおっぱいに変な形の搾乳機をぶら下げて乳首の痛みにひいひい言ってる自分が情けなくなって、おいおい泣いた。この辺から、精神的に危うくなる。ちょっとのことで涙がでた。泣くなってオットーさんに言われても止まらなかった。

授乳にいくと、治療ケースからぼんずが出された。光線でほかほかになったぼんずを布にくるみ、指導を受けて授乳。座れないので立ったままだったり椅子の上で正座したり。でもぼんずが元気におっぱいを吸ってくれるのが嬉しかった。15分授乳させた後は足りない分オットーさんがミルクを飲ませた。

翌日、検査の結果、退院してもいいことになった。だけど1日くらいでほんとうに治ったのだろうか。また黄疸が強くなったら、それを私たちがわからないでほうっておいたら、ぼんずに障害が残るんだろうか。不安でたまらないまま退院した。

その後1度だけぐったりしたのでエマージェンシーに連れて行ったのだけど、ただぼんずが眠いだけだと言われ帰された。小児科医がまめに診察してくれて、母乳も苦労していっぱい飲ませたので今はなんとか無事にやっている。まだまだ顔は黄色いのだけど、母乳から来る黄疸で危険はないそう。といいつつもまだ不安が残る新米ママなのでした。

この件のおかげで今、私生涯一心配性になってます。

入院

できるだけポイントをまとめて簡潔に。

入院は分娩してから48時間、というか二晩。

ひどい貧血。出血がひどく血中に鉄分が通常の半分しかないため、絶対一人でたち歩いてはいけないと言われる。点滴も、嘔吐がひどかったのでしばらくつけっぱなし。痛みもひどいので痛み止めもらいっぱなし。トイレもいけないのでしばらくバッグ(名前がわかりません)をつけた。
母子同室で母乳を希望していたので、ずっとぼんずと一緒。ぼんずは誘拐を防ぐため足にセンサーをつけられた。抱っこして廊下を歩くのも禁止された。

ぼんずはずっときゅーきゅー唸っていた。新生児ってそんなものなのかしら?おかげで気になって眠れない。添い寝の仕方も看護士に教えてもらったけど、これもまたつぶしちゃうんじゃないかと気になって眠れない。3時間ごとの授乳は乳首が痛くてすごく辛かった。座ると痛かった(ドーナツ座布団が全然効かない)し、どのくらいの時間が必要なのかわからなかったので1時間もしてたらひどいことに。持参した馬油を塗った。

アメリカーンな給食。ステーキとかチキンソテーとか甘ったるいケーキとか濃いものばかりで、友達はおにぎりを持参したって言ってたけど私は気にせずムシャムシャ。どぎつい色のゼリーはパスしたけど、まあおいしかった。クリスマス特別メニューだったかも。ちなみにオットーさんの分はないので外に買いに行った。

看護婦はみんな明るくていい人ばかり。いやな顔ひとつせず世話してくれたし、わからないことはすぐに教えてくれた。勤務交代のたびに、あなた大変だったわねBloody Delivery(血みどろお産?)で、と言われる。比べられないからわからなかったけど、そんなに大変だったのか。
病院でもらったもの。たっくさんもらった。

痛み止めスプレー、シットバス用容器(傷を洗浄するため)、馬油、サニタリーパッド、網状のパンツ、おねしょシート、オムツ、おしりふきペーパー(これがすごくいいのだけど売ってない)、ぼんずの櫛、ぼんずの鼻水を取るスポイト、授乳枕。あとなんだったっけか。

入院中、友達が病院に来たいと言ってくれたのだけど、私の状態がひどいので遠慮してもらった。部屋に来たのは、医者、耳の検査のひと、血液検査のひと、授乳コンサルタント、小児科医。授乳コンサルタントは3回も来た。ここの病院は母乳に相当力を入れているよう。

退院はよくテレビで見るように、ぼんずをだっこして車椅子でエントランスに停めた車まで移動した。幸せな時間だったな。

母乳についてはまた書きます。

出産その2

ぼんずの顔を見て夢見心地のその後、が長かった。

ぼんすを産んだ後猛烈に眠くなった。体重や身長を測ってもらってるぼんずとその写真を撮っているオットーさんを朦朧としながら眺めた。あとは胎盤を出すだけなのに、いやーに時間がかかる。足元の医者を見たら、ちくちくと縫い物をしていた。ありゃ、裂けちゃったのか。ぱちんぱちんとボタンがはずれる感覚は切れたからだったのだな。、麻酔が効いてるからちっとも痛みはない。モルヒネを打たれる。

分娩の間は水が飲めず、氷をかじっていたのだけど、終わって看護士が、特性カクテルよ、と持ってきてくれたジュースを飲んだら気持ち悪くなり、嘔吐。モルヒネが体にあわないらしい。意識が薄い中で医者をみたら、まだ何かやっている。ずっと続いている出血の出所を調べているとのこと。そのうち勤務交代の時間が来て、看護婦がわらわらと入ってきた。なんか大人数だ。その中でひとりで股おっぴろげてるのがなんだか恥ずかしい。

それ以降はあまり覚えていない。出血が子宮からだったこと、分娩後だけでも800ccは出血して輸血寸前だったこと、また麻酔を打たれたこと、やっと出てきた胎盤を見せてもらって、お願いだから写真取らないでねとオットーさんに言ったらみんながどっと笑ったこと、寒くてぶるぶる全身を振るわせたことを断片的に覚えている。

その次に目が覚めたのはいつだったか、部屋の中にはオットーさんと、傍で布にぐるぐる巻かれてプラスチックのベッドに寝てるぼんずがいた。

それから丸二日入院。続きます。

出産

クリスマスに近い日、午後6時をまわったころ。

さて夕ご飯でも作るか、とソファーから腰を上げた瞬間、ぱちん!と何かがはじけた感覚と同時に下半身が生暖かい感じがした。破水したのはわかったけど、水じゃなくて真っ赤な血。ぼんずの無事を祈りながら用意しておいた荷物を持って病院に直行。

すぐに病室に入る。んが、破水した後だと感染症が心配なので子宮口は医者が到着するまで診ないとのこと。しばらくして陣痛始まる。半端なく痛い。10時に医者到着。子宮口2.5センチ。痛み止めを頼んだら、エピドラルを打つのは4センチになってからだって。聞いてないよぉ。無痛分娩て全然痛みがないんじゃないのかい。誰も言ってなかったよこんなに痛いなんて。野獣のようにおーおーと叫ぶ。

医者は、先のことは考えず痛みの波にまかせなさいと言い、一緒にゆっくりと呼吸してくれる。ふうふうとやってるうちに、痛みを逃がせるようになった。ここでモルヒネ投与。だいぶ痛みは軽くなったけどやっぱり痛い。陣痛のたびに出血した。原因の特定はできず、胎盤か、子宮か、胎児からのどれかだけど、おそらく子宮からだと言われる。何か押し出したいような感覚が始まった。子宮口4センチ、エピドラル投与。これがものすごく上手な麻酔医で、まったく痛くない。

午前2時をまわった頃。

しばらく寝るように言われた。陣痛はまったく感じなくて快適だったのだけど、モニターから聞こえるぼんずの心音が止まりそうになってはもどる。もしかしてへその緒が絡んでいるかもしれないので、危ないと判断したら帝王切開に切り替えると言われた。その後何度もぼんずの心拍数が下がるので、気になってまったく眠れなかった。5時ごろ麻酔が切れてきたのでもう一度投与。

午前6時、周りが慌しくなってきた。看護士が分娩の準備を始めている。子宮口が10センチになったので分娩開始。いきめって言われたけど麻酔が効いてていきめない。こんな感じかな?とふんばってみる。

3回目のプッシュで、医者に、鏡を使って出産の瞬間を見たいかと言われたけど即答で断った。どうにも自分のシモを見るのは気持ち悪い。オットーさんにも分娩中そちらにはなるべく目を向けないように言ってあった。でもベビーの頭を触りたい?という次の問いかけにはおっきな声でうんと答えた。恐る恐る手を伸ばしてみたら、出かかっているふさふさしたぼんずの頭に触れた。おお髪がある!と叫ぶ。

その後2度ほどプッシュしたら、ぱちんぱちん、とボタンが外れるような感覚があってぼんず誕生。午前7時すぎ。バースプランでリクエストしていた通り、胸の上にぼんずが布にくるまれてぽんと置かれた。ぼんずはちょっと泣いた後、ぼうっとなっている。ちゃんと目も鼻もあるよ。やっと会えたね。つきなみだけど、生まれてくれてありがとう。ぼんずは神様からのプレゼントだ。かーちゃんは幸せもんだ。ずっとそばで心配そうに見守ってくれたオットーさんにもありがとう。

この後が大変でした。続きます。

ぼちぼち

今ソファーに座りながら、のだめを観てます。そばにはぼんずが、すやすや眠ってます。あと1時間で起きるかな。もう少しで1ヶ月になります。早いものだー。

体はおかげでゆっくりゆっくり回復しています。まだ本調子というわけにはいかないけど、出産のことからぼちぼち書いていきます。

書きたいことがいっぱい

書きたいことがいっぱいある。お産はすっごいドラマだったし、ぼんずが家に来てからというもの、ジェットコースター並みに一日が過ぎていく。ぼんずも顔がどんどん変わっている。この変化を書き留めておきたいのに、体力と心の余裕がないです。メールの返事も書いてないし。ちきしょどうしたらいいんだ。

さらに更新遅れます。