昔の子育ては、今よりももっと多い家事に追われていただろうし、子どもへの関心も薄かったのではないかと勝手に考えていたのですが、戦前も今と同じ、わがままに手を焼いたり、遊び友達のことを心配したり、きちんとした習慣をつけさせたりというようなことに親は心を砕いていたのだと、この本を読んでわかりました。それがなんだか嬉しかった。
大切なのは、子供の生きる力を信じること、「そうしてその強い力が、われわれに何を要求しているかを知ること」 そうでなければ、子供を神経質に扱うことによって、赤ん坊はみずから生きる力を弱めてしまう。冒頭のこの言葉がとても印象的でした。あれが大変、これが大変と母親の私は言うけれど、本当にぼんずはそれが必要なのか。過保護にしてないだろうか。放任主義になるのではなく、よく子供を見た上で何を欲しているのかを、忍耐を持って知るという訓練を私もしたいと思いました。たとえばぼんずが泣き喚いたとき、いいかげんにしなさい!と怒るのではなくじっと観察するような忍耐が欲しいです。
そうはいっても最近子育てに思うのは、ぼんずにたいして怒ったり感情を露にすることをやめることは、たぶんできないだろうということです。育児本を何冊読んでも、どれだけ友達の手を借りても、その一瞬を止めることはできない。それで落ち込むこともありますが、深く海のそこにいくような気持ちになるのも良くないと思うようになりました。さっと怒ってさっとやめる。
でも、楽なほうに流れたくないという気持ちは忘れたくないです。気楽に子育てという面もときには大事だけれど、この本を読んだ後に感じた、いい親であるために頑張ろうという気持ちを。初々さんは「奮発する」という言葉を使っておられましたが、私も同じように、子育てのために奮発したいです。
もうひとつ、この本にあった信仰と子育ての話も興味深かったです。著者はクリスチャンなのですが、こどもには悪いことをしたら神様から罰があるよと教えるのではなく、神様はあなたをいつも見ていて愛してくださると教えるとありました。
クリスチャンに限らず、子どものころは目に見えないものを畏れる気持ちがあったように思います。周りの大人が、ほとけさんがみているよとかお天道様がみてるよという人が多かったように思うのです。子育てには、そういう存在が時には必要なのではないかと、この本を読んだ後オットーさんと話をしました。脅しにならないようにするのが難しいのですが。


いいお話だわ~(じ~ん) 私達の母世代の人達と話すと、口をそろえて「今の親は子供に気をつかいすぎ」「もっと親の付属物として考えなくては」とおっしゃるので、複雑な気分だったのですけど、こおゆう意見もあったはずと思ったら、なんか嬉しくなりました。
そして最後の部分、大賛成です! 幼い子には、神様のような存在を通じて世界を教える方が把握しやすいと思うんですよね。理屈じゃない、だめなものはだめ、守るべきものは守ろう、とんなことがすっきりと理解できるんじゃないかと。
幼い頃に神話・民話・御伽噺を沢山読み聞かせするのは、とても意味があると思うのです。
風邪、どうぞお大事に。この週末にゆっくりお休みになれますように。
ありがとうございますー。今、ドラマ「坂の上の雲」をみていたんですが、この時代にこういうことをいう人ってやっぱり珍しかったのかもなあと思いました。この本は読んでよかったです。
そういえば、Miyukiさんもおとぎ話について書いておられましたね。乗り物好きのぼんずにはあまりおとぎ話はぴんとこないようなのですが、私もたくさん読んで聞かせたいです。イソップとかグリム童話はもう少し大きくなってからかなあと思っていますが。
はい、養生して早くCostcoできのこの山をゲットせねばと思っています。ちょっと長引きそうな予感。。。orz