いま、栄養学の勉強をしています。やればやるほど(といってそんなに頑張ってないですが)栄養学は深いです。人間の体の食べる仕組み、体の機能などわかっていることはいっぱいあるのに、健康のためには何を食べたらいいかということは、まだはっきりとした答えが出ていません。
厚生労働省が発表した日本人の食事摂取基準2010年版の概要には、こんなことが書いてありました。
エネルギーおよび栄養素の「真の」望ましい摂取量は個人によって異なり、個人内においても変動するため、「真の」望ましい摂取量は測定することも算定することもできず、その算定および活用において、確率論的な考え方が必要になる。
栄養士はつい基準ありきで考えてしまうのですが、実は個人差を無視できない種類のことなのですよね、食事というものは。読んで改めて思いました。
近年、従来の摂取基準を否定する意見が多く聞かれます。算定に当たっては可能な限り科学的根拠に基づいた策定が行われているということですが、それでは物足りない、私には合わないという声が増えているのかもしれません。粗食ブームは日本だけでなくアメリカで起こっています。雑穀を食べたりお肉を減らしたりするのもそうした動きからでしょう。過去を振り返ってみても、食べるべきものそうでないものは時代によってずいぶん変わっているような気がします。育児法もそうですよね。母乳がよくなったり悪くなったり。話はずれますが。
そんな中で、私は何を食べたらいいか迷うことが多かったのです。マクロビも大好きだけれど、いつもやる勇気はありません。予算が限られるので全部オーガニックのものを買うわけにはいきません。特別な食事法をして、体が敏感になることにも不安があります。栄養学も無視する気にはなれずなんだか中途半端。
でも、病気にならない生き方の3冊目とレシピ集を読んで、なんとなく自分の方向がつかめました。というより、このままでいいんだと思いました。こんな行がありました。
健康維持も、アンチエイジングも、それ自体を目的にするのは、お勧めしません。人生を豊かにし、健康な体で愛する人と人生を楽しむ手段として、健康法やアンチエイジング法はあるのです。同じ肉を食べるのでも、「本当は胃腸によくないんだよね」と罪悪感を持ちながら食べるのと、心から「ああ、おいしい。幸せ」と思って食べるのとでは、体に対するダメージがまったく違います。
食べるときに幸せな気持ちになれなければ、どんなに健康的だといわれる食事をしても私にとっては意味がないんです。修行みたいに辛くっても頑張るというような目標になってはいけない。そのとき自分がおいしいと思う食事をしたらいいのだと。情報はあふれているけれど、自分のできる範囲で選ぶ。納得してできるものならそれが自分に合う食事なのではないかと思います。定期的な健康診断をして確認することも必要ですけど。
私がおいしいと思うものは、自分の作るものなら安全な食材料をつかったシンプルな料理です。あまり神経質にならずに、でも情報は常にチェックしたいと思っています。そうすることが好きだから。乳製品は体に合わないので少しだけ、でも楽しむ範囲で摂ります。豆乳もおなかを壊すのでベジタリアンは無理。野菜やお豆などを偏らずに、いろんな料理法で食べたい。人からもらったものはなんでもありがたくいただきます。それは前にも書いた気がするのですが、ごちそうしてもらったものには気持ちが入っていておいしいからです。ぼんずにも、あまーいものや駄菓子だって楽しめればあげたい。程度が難しいですが。
Food Safetyのニュースや健康情報にいちいちゆれる必要はないんです。自分のものさしで測って判断する、選ぶことが一番大事なのだと思いました。Miyukiさんのブログもとっても勉強になりました。私にとっては食べることってとても大事なんだと再認識。ありがとうございます。
えー、というわけで「病気にならない生き方」でお勧めの食事法はムリ、という結果になりました。おほほほ。
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